分子生物学

4種類の型紙モデルを組み合わせ DNAの二重らせん構造を解明

ワトソン,ジェームズ(1928~年、分子生物学、米国)/クリック,フランシス(1916~2004年、分子生物学、英国)

 自然の真理とは、かくもシンプルで美しいものなのか──その最たる例がDNAの二重らせん構造だ。このモデルを初めて見た人は、だれもがその見事さに驚いたという。

 DNAというのは「デオキシリボ核酸」という物質のことで、親から子へ伝わる遺伝子の本体だ。この物質は、実は1866年にメンデルが遺伝の法則を発表して間もない1869年にスイスの研究者によって白血球から発見されているが、当時はだれも遺伝に関係する物質とは考えていなかった。

 DNAが遺伝物質と分かったのは、英国の細菌学者が1928年のマウスを使った免疫の実験がきっかけだった。肺炎を起こす細菌を加熱して殺したものを、無毒な細菌と一緒にマウスの体内に注射したところ、そのマウスはなぜか肺炎になってしまった。

 細菌の「形質転換」という現象を示すこの実験を、米国の研究者らが1944年に改めて、病原性の細菌と非病原性の細菌を使いマウスで実験をした。すると非病原性の細胞が、ある物質を受け継ぐことで病原性の細胞に変化(形質転換)し、マウスに肺炎を起こすことが分かった。その受け継がれた物質こそがDNAだった。さらにそのDNAについて、1952年に他の研究者が放射性同位元素を用いて実験を行い、DNAそのものが他の細胞に受け継がれる遺伝物質であるこをつかんだ。

 DNAは四つの塩基(アデニン・グアニン・チミン・シトシン)の化合物が長く連なったもので、この4塩基は必ず2個ずつ決まった相手と結び付いている。が、そもそもDNAはどんな構造をしているのか? 

 重大な関心事となっていたこの問題を1953年に解決したのが、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックだ。

 2人は、ロンドン大学キングス・カレッジの研究者ロザリンド・フランクリン(1920~58年)やモーリス・ウィルキンス(1916~2004年)が撮影したDNAのX線回析画像を見て、DNAがらせんを描いている構造をしていることに気づいた。さらに2人はボール紙を切って4塩基の型紙モデルを作り「ああでもない、こうでもない」とそれらを組み合わせ、パズルを解くように何度もやり直しながら、適切な形の組み合わせを探った。そして見つけたのが、きれいな二重らせん構造だったという。

 このDNAの構造解明が分子生物学という新しい研究分野を築き、2人はウィルキンスとともに1962年のノーベル医学生理学賞を受賞した。

〈メモ〉DNAの二重らせん構造を発見するきっかけとなったX線回析画像は、X線結晶学の研究者ロザリンド・フランクリン女史が撮影したもので、「本人が知らないうちにワトソン、クリックの手に渡った」とか「いや、本人も了解していた」とか、さらには「別ルートから2人に渡った」とか、のちに真のノーベル賞の受賞者をめぐる問題となった。肝心のフランクリン女史は1958年に卵巣癌などのため37歳の若さで亡くなった。実験のため、大量のX線を浴びたことが原因だとも言われる。

またワトソンは2007年10月に英紙のインタビューでに「黒人は人種的・遺伝的に劣等である」という趣 旨の発言をして、ニューヨークにある研究所の所長職を辞し、2019年1月の米テレビ局のドキュメンタリー番組でも同様の発言を行い、研究所の名誉職を剥奪された。