電磁気学

方程式で電磁波の存在を予言 相対性理論の支柱にも

マクスウェル,ジェームズ・クラーク(1831~1879年、電磁気学、英国)

 ニュートン、アインシュタインに並ぶ物理学界の巨匠の一人が、古典電磁気学を確立した英国スコットランドのジェームズ・クラーク・マクスウェルだ。

 マクスウェルは小さなころから数学が得意で、14歳の時に、糸と2本のピンで卵形曲線を描く方法の論文を発表した。ところが、あまりにりっぱな内容だったため、初めは彼が書いたものとは信用されなかったという。

 大学時代には光の3原色が赤、青、緑であることを実験で証明した。1856年に故郷の大学の科学哲学の教授となり、さらに、そのころなぞだった土星の輪の正体が、無数の微粒子の集まりであることを理論的に明らかにした。

 マクスウェルの最大の業績は、電気力や磁気力に関する「クーロンの法則」や「ファラデーの法則」「ガウスの法則」「アンペールの法則」の4法則をまとめ、電磁場の基礎方程式「マクスウェルの方程式」を導いたことだ。

 マクスウェルがキングス・カレッジ・ロンドンの自然哲学の教授となり、1864年に発表したこの方程式によって、電界と磁界の変化が波(電磁波)となって空間を伝わることが示された。さらに電磁波は横波の性質をもち、光速度(秒速約30万㎞)で伝わることが理論的に予言されたのだ。

 「神がこの方程式を導いたのか?」と当時のオーストリアの物理学者が驚いたほど、電磁気学の分野ではとても画期的な方程式だ。また、この方程式があったからこそ、後にアインシュタインが相対性理論を構築することにつながったともいう。

 またマクスウェルは、英国の物理学者ヘンリー・キャベンディッシュがクーロンの法則よりも12年前に同じ法則を発見していたことなど、長年埋もれていた彼の研究業績を再発見し、ケンブリッジ大学にキャベンディッシュ研究所を創設するのに尽力した。同研究所は1874年に開所し、マクスウェルが初代所長となった。 

 残念ながら、マクスウェルは48歳の若さでがんのために亡くなったが、それから9年後の1888年にドイツの物理学者ハインリヒ・ルドルフ・ヘルツ(1857~1894年)が電磁波が確かに存在することを実験で証明し、無線電信の基礎が築かれた。

 電磁波には一般的な電波や光のほか、X線や赤外線、紫外線なども含まれる。今やテレビ・ラジオの放送や衛星通信、各種レーダー、電子レンジなどと、生活の多種多様な分野で利用されている。