コンラート・ツァハリアス・ローレンツ Konrad Zacharias Lorenz
(1903年11月7日~1989年2月27日、医学・動物行動学、オーストリア)
ハイイロガンのヒナたちと「ひげ男」
ある日、魔法使いが、卵の殻を割って出ようとしているハイイロガンのヒナたちに言った。
「この世で最初に目にしたものが、お前たちの母親じゃ」
ところが何と、ヒナたちが最初に見たのは、ひげを生やした一人の男だった。
ひげ男は卵に顔を近づけながら、ヒナたちの様子を熱心に観察していた。そのためにヒナたちは、その男を「母親」と思い込み、彼がどこへ行くにも、後からついて歩くようになった。
──これは「魔法使い」以外は、本当の話だ。
「ひげ男」の正体
「ひげ男」というのはオーストリアの動物行動学者、コンラート・ローレンツ。動物の行動に関するユニークな現象の発見や研究で、オランダのニコラース・ティンバーゲン(1907~1988年)とオーストリアのカール・フォン・フリッシュ(1886~1982年)の2人の動物行動学者とともに、1973年のノーベル医学生理学賞を受賞した。
「刷り込み」現象
発見したのが「刷り込み」と呼ばれる現象だ。動物は生まれながらにして自分の親や仲間を知っているのではなく、最初に出会った「適当な大きさの動く物体」(それは必ずしも動物とは限らない。例えオモチャやタオルでも)を、親や仲間として「自分の意識の中に刷り込んでしまう」という。
短期に刷り込み、効果は一生
「刷り込み」が可能なのは出生直後の短い期間で、いったん刷り込まれると効果は一生消えないといわれる。
例えば、アヒルの群の中でニワトリのヒナが生まれると、そのヒナはアヒルを親と思い込み、自分をアヒルの子供だと信じてしまう。恋する時期になっても、そのニワトリは本来の仲間のニワトリには見向きもせず、アヒルの彼女(あるいは彼)を追いかけ回すようになるという。
ペットや人間の場合
そういえば、世間のペット飼育の家庭では「自分のことを人間と思っている」ようなネコやイヌもいるとか、いないとか。それもある意味「刷り込み現象」なのか?
人間の場合も、生まれて親を認識するのも「刷り込み」によるか、その後の経験(学習)によるものか、はっきりと結論は出ていないらしい。
〈メモ〉ローレンツは、イカについては自著の中で「人工的な飼育が不可能な唯一の動物だ」と書いていた。そのことは、当時の生物学や動物学の常識でもあったらしい。ところが1975年に、生物学とは専門外の日本の電子技術総合研究所(現在の産業総合研究所)の若き物理学者、松本元(まつもと・げん、1940~2003年)が3年もの苦労の末に、ヤリイカの人工飼育に成功した。脳型コンピュータの開発の一環として、ヤリイカの脳神経を研究するため飼育に取り組んでいたもので、論文の発表と同時に世界的な話題となった。ローレンツはさっそく来日し、自分自身で1週間もヤリイカの水槽前で観察を続けて、ようやく納得した。アンモニア濃度を下げるバイオフィルターを開発採用したその水槽について、ローレンツは「全ての水産生物の未来を変えるものだ」と語ったという。