遺伝学

ダーウィン進化論に対し突然変異説 ‟メンデルの法則”も再発見

ド・フリース、ユーゴー・マリー(1848~1935年、植物学、遺伝学、オランダ)

 生物はどうやって進化してきたのか? 1859年に進化論を提唱したチャールズ・ダーウィンは「自然環境に適したものが生き残り、不適切なものは淘汰される」といった「自然選択(淘汰)説」を主張した。

 この説は例えば、野ウサギの群の中に1匹だけ足の速いウサギがいる。そのウサギは敵からうまく逃げられ、長生きできるので、他の足の遅いウサギより子孫をたくさん残すことができる。長年のこうした「自然の選択」によって、野ウサギたちは足の速いウサギ群に進化する──というものだ。

 ところが「なぜ足の速いウサギが生まれるのか」は説明できない。この問題に取り組み「突然変異説」を発表したのがオランダの植物学者ユーゴー・マリー・ド・フリースだ。発見のきっかけがオオマツヨイグサ(大宵待草)だった。 

 ある日、アムステルダム大学教授のド・フリースは市の郊外を歩きながら、人家の庭先から原っぱに至るまでたくさん咲いているオオマツヨイグサを見ていた。

 その時、周囲のものとは花や葉の形が違ったオオマツヨイグサが1本だけあるのに気づいた。「これこそが突然変異の証拠だ」と。

 ド・フリースはその近くに家を借り、10年もの間、計約5万3500本のオオマツヨイグサを栽培して、観察を続けた。そして1901年に発表したのが「遺伝単位(遺伝子)が突然変異を起こし、自然の選択を受けて生物は進化する」という突然変異説だった。

 その前年に、ド・フリースはもう一つ重大な発表をドイツの植物学会誌で行っている。1865年にグレゴール・ヨハン・メンデルが論文で発表していながら、その後、学界で知られることなく埋もれていた遺伝学上の重要な「メンデルの法則」を、過去の文献を調べていて35年ぶりに再発見したのだ。ド・フリースの他に2人の研究者も、同時期にそれぞれ別個にメンデルの論文を再発見していたという。

〈メモ〉ド・フリースの死後、オオマツヨイグサの染色体上の遺伝子の構成は非常に複雑なことが分かり、ド・フリースが観察した結果も単純に遺伝子に変異が生じたものではなく通常の染色体の3倍体、4倍体によるものと考えられている。しかし「遺伝子」すら分かっていない時代に提唱された「突然変異説」は、その後の進化論や遺伝学に大きな影響を与えた。