医学

すい臓のインスリン 世紀の大発見の裏にヒト物語

バンティング,フレデリック・グラント(1891~1941年、医学、カナダ)

 ノーベル賞の受賞者が発表されると「なぜ一緒に研究したあの人がもらえないの?」といった、疑問の声が出されることがある。1923年のノーベル医学生理学賞の時もそうだった。

 その賞は、すい臓ホルモン「インスリン」を発見し、糖尿病に対する有効な治療方法の開発につなげた業績で、カナダ・トロント大学のJ・J・R・マクラウド教授(1876~1935年)と医学者のフレデリック・グラント・バンティングの2人に贈られた。

 インスリンは「20世紀最大の発見の一つ」とされるが、実際に発見したのはバンティングと医学生チャールズ・ハーバート・ベスト(1899~1978年)だったのだ。

 小さな町の開業外科医をしていたバンティングは、西オンタリオ医科大学のアルバイト講師も務めていた。その講義の準備のために1920年10月のある夜、「犬のすい臓を取り除くと犬は多尿となり、その尿には糖が含まれることを観察した」というドイツ人医学者の論文を読んだ。

 この論文は糖尿病がすい臓の病気であることを明確に示したもので、バンディングは「すい臓のある種の細胞が、糖尿病を防ぐ何らかの物質を分泌しているのではないか」と考え、さらに他の関連論文も読むなどして、そのすい臓の分泌物を抽出する方法を思いついた。

 バンティングは「ぜひ実験をさせてもらおう」と翌月、母校トロント大学の生理学科教室のマクラウド教授に頼んだが「田舎医者に何ができる」と断られた。それでも3度目の申請で、教授がスコットランドに帰る夏休みの期間中だけ、研究室と10匹の犬を使うことが許された。さらに、そのための助手として当時21歳のベストも紹介してもらった。

 実験は「犬のすい臓から出ている管を糸でしばり、分泌されている物質をすい臓内部にため込む。それを抽出して、すい臓を除去して糖尿病なった犬に再び注射して効果をみる」というもので、1921年5月半ばから取りかかった。犬の手術や飼育管理、すい臓細胞のすりつぶしの作業、毎日の血糖値と尿の検査などを、すべて手伝ったのがベストだった。手術手技の失敗を繰り返すなどして悪戦苦闘の結果、ついに7月27日2人は実験に初めて成功した。

 休暇から戻った教授は、初めは信じなかった。しかし、糖尿病になった犬に抽出液を注射すると血糖値が下がり、たちまち元気になったのを見て、教授も総力をあげて研究に取り組むことにした。教授は抽出物に「インスリン」と名付け、1921年11月に発表した。

 翌1922年1月にはトロント総合病院で、生まれつきの糖尿病で瀕死状態の少年(14歳、体重35kg)に、バンティングとベストが牛のすい臓から抽出した液が試験注射された。ところが、血糖値は少ししか下がらず、注射した部位も腫れ上がってしまったため、試験は一時中止された。

 そこで、マクラウド教授の指示で研究チームに参加した生化学者ジェームズ・コリップ(1892~1965年)が精製した抽出液を再度注射したところ、血糖値は520mg/dL から120mg/dLまで約1/4に低下し、尿糖もほとんど消失して、アレルギー反応も起きなかった。

 これがインスリンによるヒト糖尿病の初めての治療例となり、さらに6人の患者に抽出液が注射され、良好な結果が得られた。その後も次々と多くの糖尿病患者の命を救っていったことから、インスリンの発見からわずか2年後という素早い、2人のノーベル賞受賞となった。

 ところが受賞の知らせを受けて、バンティングは驚いた。 マクラウド教授 以上にインスリン発見の功労者で、ともに研究の苦楽を共にしたベストの名前がない。教授に反目していたバンティングは受賞式に出席せず、賞金の半分をベストと分け合った。これに対して教授も式には出ずに、インスリンの精製抽出に貢献したコリップと賞金を分けたという。

<メモ>バンティングの誕生日11月14日は「世界糖尿病デー」に定められている。世界保健機関WHOと国際糖尿病連合が、糖尿病の脅威と予防を啓蒙するため1991年に制定し、2006年12月の国連総会で国際デーとして認められた。バンティングはインスリン発見から20年後の1941年2月、英国に向かうために乗った飛行機の墜落事故で亡くなった。49歳だった。

 なおインスリン発見から100周年の2021年。カナダ造幣局はバンティングら4人の研究と世界を一新したカナダ医療の功績を讃えて新しい2ドルコインを発行し、7月13日から流通を開始した。