物理学

多芸多才なマルチ科学者 光の波動性や弾性体の実験、色覚や音律の研究で業績も

ヤング,トーマス(1773~1829年、物理学・医学、英国)

 世の中には、一つの専門分野だけにとどまらない、多芸多才なマルチ人間がいる。英国の医師で物理学者のトーマス・ヤングもその一人だった。

 1801年に彼は、光が2本の細いすき間(スリット)を通ってスクリーンの上で重なると、互いに干渉し合って明暗の縞ができることを実験で示した(ヤングの実験)。これは、光が「波」の性質をもつことの有力な証拠だった。また1807年には、金属棒などの部材に力を加えた時に、どれだけ伸びたり縮んだりするかの実験をして、物体の固さ(変形のしにくさ)を示す「ヤング率」という係数を考え出した。ところが、彼にとっての物理学は趣味でしかなかったというから驚きだ。

 ヤングは小さなころから驚異的な記憶力の持ち主で、2歳で文字を覚え、4歳で聖書を読んだ。14歳の時にはフランス語やイタリア、ギリシャ語、さらにはラテン語やヘブライ、アラビア、シリア語などをマスターした。そして17歳でニュートンの著書『プリンキピア』や『光学』、ラボアジェの『化学要論』などを読んで理解したと言われる。

 このように言語学の才にも恵まれた彼が、生涯の仕事として取り組んだのが古代エジプトの象形文字の解読だった。ナポレオンの遠征隊が1799年にエジプトから持ち帰った古代語の石碑「ロゼッタ・ストーン」の解読では、その糸口を作った。古代エジプト語の辞書も完成させ、エジプト研究に貢献した。

 それだけではない。実は、彼の本業は医師だった。ロンドンで開業後、1801年に王立研究所の自然哲学の教授に任命された。目のレンズの厚さを調節する筋肉の存在を解剖学的に示した。乱視の研究から「目の網膜がすべての色を感じるのではなく、赤・緑・青色の光にそれぞれに反応する神経がある」という説を最初に提唱した。こうした目の医学的な研究から、彼は光学の研究に進んだという。

 音楽の分野では、鍵盤楽器の調律法のひとつである「ヤング音律」を1799年に考案した。また、今日の「仕事をする能力」という意味での言葉「エネルギー」を、自著『自然哲学講義』(1807年)の中で初めて使ったのもヤングだった。