天文学

望遠鏡で人類初の天体観測 知らぬ間に海王星も発見 

ガリレオ・ガリレイ Galileo Galilei
ユリウス暦1564年2月15日(グレゴリオ暦2月25日)~グレゴリオ暦1642年1月8日、数学・物理学・天文学、イタリア)

太陽系第8惑星「海王星」 

「水、金、地、火、木、土、天、海」──とは、私たち太陽系の8個の惑星を、太陽に近い方から順に並べたもの(水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星)だ。

 実は、海王星の外側にはもう一つ9番目の「冥(めい)王星」があって、1930年に発見されて以来、太陽系は9兄弟とされていたが、2006年の国際天文学連合(IAU)の総会で「惑星」の定義が見直され、冥王星は外れて太陽系外縁の「準惑星」に区分された。

天王星の軌道のズレから存在予測 

 さて、その8番目、海王星の話。第7番の天王星は1781年に発見されていたが、計算された軌道にずれがあることから、外側にもう一つの惑星があり、それが天王星の軌道に影響していると考えられた。

予測通り海王星発見(1846年) 

 8番目の惑星を予測し計算したのがフランスの天文学者ユルバン・ルヴェリエで、1846年9月にその予測通りの位置で、ベルリン天文台のヨハン・ゴットフリート・ガレと学生が新惑星を発見した。それが海王星だった。

230年前にすでにガリレイが発見 

 ところがガレよりも230年余りも前に、イタリアのガリレオ・ガリレイ(姓がガリレイ、名がガリレオ)が、海王星を発見していたのだ。それも本人が“知らないうち”にだ。

自作の屈折望遠鏡で天体観測

 ガリレイは、自然現象の解明に「仮説を実験によって検証する」という科学的な手法を初めて用いたことから「近代科学の父」といわれる。天文学の分野でも、自作の「ガリレオ式望遠鏡」で人類として初めて天体を観測し、月面の凸凹(クレーター)や木星の4個の衛星(ガリレオ衛星)や太陽の黒点など、さまざまな発見をしたことから「天文学の父」とも称される。

木星の観測日誌に「海王星」 

 そのガリレイが残した木星観測の日誌(1612年12月28日と翌年1月27日)の中では、4個のガリレオ衛星の位置関係を示すために、周辺に見える「恒星」も一緒に書き込んでいた。恒星は太陽のようにはるか遠くで、自ら光を放って輝いている星だが、ガリレイが記入していた場所(方向)に恒星はない。その星は自分では光らない「惑星」であり、それこそが「海王星」だったのだ。

 海王星は太陽を回る公転周期が165年と長いので、「海王星」の発見に至る正確な軌道の計算と予測のためには、ガリレイとその後の人たちが残した天体記録が大いに役立ったという。

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