化学

昆布から「うま味」発見 ひと味増えて5味覚に

池田 菊苗 Kikunae Ikeda(1864〈元治元〉年10月8日~1936〈昭和11〉年5月3日、化学、日本)

もう一つの味覚 

 人間の味覚には「あま味」(甘味)、「にが味」(苦味)、「すっぱ味」(酸味)、「しょっぱ味」(塩味)、「うま味」(旨味)の五つがあるといわれる。このうち一番新しく、20年ほど前に世界的に認められた味覚が、日本から提唱の「うま味、UMAMI」だ。

 世界の料理は、あま味・にが味・すっぱ味・しょっぱ味の4味を基本としているが、おいしさのためには、それだけでは足りないことを日本人は古くから知っていた。日本食にある「うま味」がそれだ。実はカツオ節や昆布、シイタケなどから取った出汁(だし)が、この「うま味」を添えていたのだ。

出汁の成分は 

「では、その正体は……」と、昆布だしから突き止めたのが東京帝国大学(現東京大学)理学部化学科の教授で化学者の池田菊苗(きくなえ)だ。

 池田は興味あるテーマについては、自宅に設けた実験室でも研究していた。1907年(明治40年)のある日、妻が一束の昆布を買って来た。京都生まれの池田にとって、親しみの味が湯豆腐の昆布だしだった。

昆布12㎏から30gのグルタミン酸

 池田は昆布からの「うま味」成分を抽出することを思い立った。昆布の浸出液から粘質物を取り除き、さらに無機塩類やマンニットを結晶させて……と作業を進めたが、うま味の物質は液中に残ったまま、分離させることはできなかった。その後、本業の多忙さもあって抽出実験は一時中断したが、翌年2月に再開して間もなく、昆布だしから「グルタミン酸」を結晶として抽出することに成功した。その量は12㎏の乾燥昆布からわずか30gほどだったという。

ナトリウムと結合し「うま味」に

 グルタミン酸は1866年に、ドイツのリットハウゼンによって小麦のたんぱく質グルテンから発見されたアミノ酸の一つで、それ自体は「酸味のある、まずい味」だった。それがナトリウムと結合することで「うま味」が出ることが分かった。さらに化合物の「グルタミン酸ナトリウム」にはL型とD型があり、「味がある」のはL型の方だった。

 これについて、農芸化学の第一人者だった鈴木梅太郎は「池田さんの仕事は本来が私の方でやるべきものだった。シャレではないが、まさに池田さんに『うまく』やられた。私はグルタミン酸をなめたことはあるが、塩(グルタミン酸ナトリウム)はなかった」と語ったという。

化学調味料「味の素」 

「うま味」の正体をつかんだ池田は1908年4月24日付で「グルタミン酸を主要成分とする調味料製造法」に関する特許を出願し、3カ月後の7月25日に特許登録された。「L・グルタミン酸ナトリウム」は、海藻からのヨード製造に成功した企業家の鈴木三郎助によって1909年に商品化された。これが今や、世界中で使われている化学調味料「味の素」だ。

 味覚としての「うま味」については、2000年(平成12年)に米国マイアミ大学の研究チームが、舌の「味蕾(みらい)」と呼ばれる部位にグルタミン酸の受容体があることを発見した。これにより、人間が「うま味」を感知していることが科学的に立証された。

ロンドンでは夏目漱石と同じ下宿 

 なお池田は東京帝大助教授時代の1899年から1年半、ドイツ・ライプツィヒ大学のF・W・オストワルド教授(触媒や硝酸などの研究で1909年ノーベル化学賞)の下に留学した。その後1901年5~10月にロンドン王立研究所に短期留学し、たまたま当地に留学していた文豪、夏目漱石と約2カ月間同じ下宿に住み、ともに親交を深めたという。

〈メモ〉伝統的な日本食の出汁のうち、カツオ節のうま味成分については1913(大正2)年に、池田菊苗の弟子の小玉新太郎がイノシン酸であることを解明した。シイタケのうま味については1960(昭和35)年に、ヤマサ研究所の国中明(くになか・あきら)らがグアニル酸に起因することを明らかにした。グルタミン酸とイノシン酸、グアニル酸は「三大うま味成分」と呼ばれる。

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