化学

革命に生命絶たれつも 化学に遺した‟質量保存の法則”

ラボアジェ,アントワーヌ(1743~1794年、化学、フランス)

 「運命のいたずら」は時として、人類にとっての貴重な財産を失わせてしまう。フランスの化学者で「近代化学の父」と称される、アントワーヌ・ラボアジェの場合がそうだ。

 父が弁護士という裕福な家庭に生まれたラボアジェは、若いころから、何でも正確に測ることが好きで、ものの重さや寸法を測ってはノートに記録していた。

 パリ大学法学部を卒業して弁護士になり、その後7年間ほど、市民から税金を取り立てる政府の徴税請負人になった。その一方で、化学に興味をもち、仕事のかたわら、さまざまな実験に取り組んだ。

 ある時、彼はガラス容器の中でものを燃やす実験をしていた。大きな凸レンズで太陽光を集めてダイヤモンドを燃やしたところ、容器の中に二酸化炭素が発生した。スズを燃やすと、灰のような金属化合物ができた。

 1774年1月の実験により、燃焼の前と後では容器全体の重さが少しも変化しないことに気づき、発見したのが化学反応の基本となる「質量保存の法則」だ。

 さらに彼は1779年に、燃焼に関係する元素を「酸素」、無関係な元素を「窒素」と名付け、空気はこの酸素と窒素からなることを明らかにした。

 また「燃焼」や金属の「さび」という現象が、物質が酸素と結びついた「酸化反応」であること。私たちの生命現象も「燃焼」に似ていて「食べた食物と呼吸によって得られた酸素が結合し、二酸化炭素と水が作られる」などと説明した。

 1787年には仲間の化学者らと共に『化学命名法』を著し、1789年には近代化学に関する最初の教科書『化学要論』を出版した。

 ところが、さらなる化学的な期待がラボアジェに集まる中でフランス革命が起き、1794年5月8日の革命裁判所でラボアジェがかつて政府の徴税請負人であったことを理由に有罪宣告を受けて即日、ギロチン刑に処されてしまった。その後の政府内の対立などから、約10週間後に今度は、ラボアジェを死刑にした人たちが処刑されたのだから、運命とは皮肉なものだ。

 ラボアジェの死に接し、同じフランスの数学者で天文学者のジョゼフ=ルイ・ラグランジュ(1736~1813年)は「彼の頭を切り落とすのは一瞬だが、彼と同じ頭脳を持つ人は今後100年は出ない」と嘆いたという。