物理学

空と海で人類記録 子も孫も冒険家

ピカール,オーギュスト(1884~1962年、物理学、スイス)

 世界の海で最も深い場所は、グアム島沖のマリアナ海溝にある「チャレンジャー海淵(かいえん)」という海底の谷間だ。

 どれだけ深いか? 海洋科学技術センター(現、海洋研究開発機構)の無人潜水探査機「かいこう」が先月(1995年3月)24日に潜った。測定した谷底の水深は10,911m。実に富士山(標高3,776m)の約3倍もの深さだ。

 これほどの海の深さでは、わずか1平方cmの面積に約1.1トンの水圧がかかる。私たち人間の体ならたちまちペチャンコだが、そうした深海にもナマコやエビの仲間がちゃんと生息しているというから驚きだ。

 「かいこう」に人は乗っていなかったが、すでに人類は1960年に、世界最深部となるそのチャレンジャー海淵の谷底に到達していた。深海潜水技術者ジャック・ピカールと米海軍大尉の2人が潜水艇「トリエステ2号」に乗り込み、潜ったのだ。

 トリエステ2号はジャックとその父オーギュスト・ピカールが開発し、イタリアから米海軍が買い取ったものだ。

 この父がすごい。初めの興味は深海ではなく宇宙だった。ベルギーのブリュッセル大学教授だった1931年5月、自作の気球に乗って浮上したが、思わぬ機体のトラブルで漂流状態のまま高度15,780mの成層圏に達した。これは人類が到達した高度の世界記録。さらに翌32年8月に再挑戦し、高度16,201mと記録を更新した。

 結局オーギュストは37年まで27回の気球飛行をして、大気圏上層部の宇宙線や電気測定をしたが、その後、一転して研究対象は深海探査に向けられた。

 気球の船室の密室性を応用して、48年に深海潜水艇「バチスカーフ」を作った。次いでイタリアで「トリエステ号」を完成させ、53年に息子ジャックとともにカリブ海で深さ3,150mまで潜った。これが58年に米国に渡り「トリエステ2号」となった。

 ピカール親子は2人して空と海とで、人類到達の最高度・最深度の記録を樹立したことになる。

〈メモ〉

オーギュストの孫でジャックの息子、精神科医のベルトラン・ピカール(1958~年)は1999年3月、気球による無着陸世界一周飛行(19日21時間55分)を達成。2015年3月~16年7月には、アラブ首長国連邦(UAE)アブダビからの太陽電池有人飛行機「ソーラー・インパルス2」による世界一周飛行に成功した。中国からハワイに向う途中、天候退避のため名古屋・小牧空港に立ち寄った。