物理学

「細胞」を観察・命名 ニュートンと「万有引力の先取権」引き合う

フック,ロバート(1635~1703年、物理学・化学、英国)

 イギリスのロバート・フックは、物理学や天文学、生物学、化学など、幅広い分野で多彩な才能を示した科学者だった。ひらめきが鋭く、何よりも実験技術が優れていたといわれる。

 お粗末なものでしかなかった当時の顕微鏡を、自分で照明付きの顕微鏡に改良し、植物や昆虫などを観察した。それらの詳細なスケッチをまとめた『顕微鏡図譜(ミクログラフィア)』(1655年)の中で、コルクの微細な空間構造を「小部屋」という意味の「cell(セル)」と呼び、これが生物学で初めて使われる「細胞」の由来となった。

 またフックは1678年に「ばねは加えた力に比例してのびる」という「フックの法則」を発見した。

 この法則を使って彼はばね秤(ばかり)を作り、塔の上に持って行き、地上での場合と物の重さを比べてみた。ニュートンに先立って「重力は距離の二乗に反比例する」という引力の法則を実証しようとしたのだが、あいにく塔の高さが低くて、その差を確認することはできなかったという。

 ニュートンが1686年に『自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)』を王立協会に提出すると、そこに書いてある「万有引力の法則」についてフックは「発見したのは私が先だ」と、先取権をめぐりニュートンと争った。

 結局、数学的に法則を証明したニュートンに軍配は上がったが、当時、英王立協会の書記をしていたフックは、ニュートンの論文出版に反対するなど、周囲に与えた印象はよくないものだった。

 そのためフックは、イギリスの学界からは無視されるようになったが、彼の研究業績は歴然と存在しており、近年は人物の評価を含めて見直されてきている。

 フックの業績として、彼は化石が大昔の植物や動物の遺骸であることを最初に主張した。さらに「ぜんまい懐中時計」や「幻燈」を自作し、気圧と気温を円筒の側面に自動記録する「気象計」なども発明した。また1655年から7年間、化学者ロバート・ボイルの助手を務め、ボイルが気体の法則を発見する実験で使った真空ポンプの製作を手伝ったとされる。

 またフックは、市街地の8割を焼失したとされる1666年のロンドン大火後の都市づくりにも尽力し、建築家のクリストファー・レンの助手としてグリニッジ天文台や、後に大英博物館となるモンタギュー・ハウスなどを設計した。さらに、幹線道路を幅広く取り、市街区を格子状にするなどの構想も提案した。この構想はパリやアメリカの都市にも生かされているという。

〈メモ〉「セル」を日本語で「細胞」と訳したのは、江戸末期の津山藩(岡山県津山市)の藩医で蘭学者の宇田川榕菴(ようあん)(1798~1846年)だった。

 植物学や化学の書物を翻訳する中で、日本に存在しなかった学術用語を造語した。

 その主なものは酸素や水素、窒素、炭素、元素、金属、酸化、還元、細胞、圧力、温度、結晶、沸騰、蒸気、分析、成分、物質、法則など。その他、珈琲(コーヒー)も。