物理学

見えた⁉放射能 パリの曇り日に出現した黒い影 

ベクレル,アントワーヌ・アンリ(1852~1908年、物理学・化学、フランス)

 いろいろな放射性物質から出る放射能の1秒間当たりの強さの単位が「ベクレル」だ。「放射能」と聞くとキュリー夫妻を思い浮かべるかも知れないが、世界で最初に「放射能」を発見したのは夫妻ではなく、同じフランスの物理学者アントワーヌ・アンリ・ベクレルだ。

 その歴史的な発見は、今から125年ほど前、たまたま続いたのパリの曇り日がきっかけだった。

 父も祖父も有名な物理学者だったベクレルは、パリの科学博物館の物理学教授を務めながら、父が研究していた蛍光物質をさらに詳しく調べていた。蛍光とは、太陽光線などが当たった物質から発せられる光だ。

 ベクレルが注目したのは、1895年11月にドイツのレントゲンが実験で発見した未知の放射線「X線」が、実験装置のガラス管に塗った蛍光物質を透過して発せされていたということだった。

 「おそらく、発せられた蛍光にX線が含まれている。太陽光に当てた蛍光物質を黒い紙に包んで写真の乾板(フィルム)の上に置いただけでも、きっと乾板は感光するはずだ」

 こう考えたベクレルは1896年2月のある日、写真乾板を黒い紙とアルミ板でできた箱の中に収め、この箱の上に蛍光物質のウラン塩の結晶の薄片を載せて太陽光に数時間さらし、乾板を現像してみた。すると予想通り、ウラン塩から放出された「X線」が箱を突き抜けて、乾板が黒化(感光)していた。

 ベクレルはさらに実験を重ねようとしたが、あいにく曇りの日が続いて、肝心の太陽が顔を見せない。仕方がないので、ウラン塩と新しい写真乾板を重ねて、一緒に机の引き出しにしまっておいた。

 しかし「何もしないのは時間がもったいない。太陽光がなければ何も起きないことを確かめておこう」と思い立ち、とりあえず乾板を現像してみて驚いた。乾板は見事に感光していた。太陽光にも蛍光にも関係なく「X線」のような感光作用をもつ未知の放射線がウラン塩から出ていたのだ。

 さらに、いろいろな物質を写真乾板の上に置いて実験してみると、ウランを含んだ物質であればすべて感光作用をもつことが分かった。特に金属ウランの場合に乾板の黒化(感光の程度)は大きかった。

 この現象をさらに研究したのがピエールとマリのキュリー夫妻だった。夫妻はウランのように放射線を出す性質を「放射能」と名付け、ウラン鉱石からより強い放射線を出す「ポロニウム」と「ラジウム」の2元素を発見した。

 これらの業績で、ベクレルとキュリー夫妻らの3人は1903年にノーベル物理学賞を受賞した。

 ベクレルは、マリからもらった塩化ラジウム入りのガラス管をポケットに入れて持ち歩き、よく人に見せびらかしていたという。彼はノーベル賞の受賞から5年後、55歳で心疾患のために亡くなった。放射線の被ばくが原因ともいわれる。