天文学

76年周期のすい星回帰を予言 気象や年金政策でも活躍の天文台長

エドモンド・ハレー Edmond Halley
(1656年11月8日~1742年1月25日、天文学・物理学・数学・気象学、英国)

 1996年3月下旬に「百武(ひゃくたけ)すい星」(C/1996B2)が地球に大接近した。肉眼でも見える青白く長い尾をもったすい星の姿には、根っからの天文ファンだけでなく、世界中の多くの人が感動した。このすい星は鹿児島県のアマチュア天文家、百武裕司さん(1950~2002年)が同年1月に発見し名付けられた。英語でも“ヒャクタケ・コメット”と言う。

発見者じゃないのに「ハレー彗星」

 ところが望遠鏡で自ら発見したわけでもないのに、人名が付いたすい星がある。「ハレーすい星」だ。ハレーというのは英国の天文学者エドモンド・ハレーのこと。

22歳で王立協会員に

 ハレーはオックスフォード大学に在学中に太陽の黒点に関する論文を発表した。1676年に大学を中退後は南大西洋のセントヘレナ島で天文観測を続け、1679年に、南半球で見える341個の恒星について記録した『南天星表』を作った。これが高く評価され、22歳で王立協会の会員となった。13歳年上の天才物理学者ニュートン(1643~1727年)とも親交があった。

約76年ごとに出現するすい星 

 1682年8月のある日、夜空に突然出現した大すい星が人々を驚かせた。すい星は一度しか現れないものと考えられていたが、ハレーがニュートンの公式を使って計算してみると、このすい星は明らかな楕円(だえん)軌道をもち、ケプラーなどが記録していた過去の24個のすい星のうち1456年と1531年、1607年に出現したすい星と同じ軌道であることが分かった。

「次は1758年」と予言

 このすい星が約76年周期で太陽を回っていると考えたハレーは「1758年に再び出現する」と、1705年に発表した『すい星天文学概論』の中で予言し、その通りにすい星がやって来たのだ。その時はすでにハレーは死んでいたが、以来、そのすい星は「ハレーすい星」と呼ばれるようになった。

 ちなみにハレーすい星の最近の太陽(近日点)への大接近は1986年2月。その次は2061年7月に回帰するという。

 ハレーは1720年から86歳で死ぬまでグリニッジ天文台長を務めた。死の2、3カ月前まで、天文観測を続けていたという。

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